NO NUKES OR NO FUTURE

昨日・今日と「NO NUKES 2012」というイベントが開催されたようです。
イベント参加した人たちのブログなどを見ると、これまで福島で起こってしまった事故やそれに続く原発のリスクの問題、日本中の原発に関して、立場を明らかにしてこなかった人たちが決意を新たにしているよう。いい機会に、いいことがあってよかった、と思います。

じつは、恥ずかしながら、つい10日ほど前に気づきました。
次の災害が起こる前に、できる限り放射性物質をゼロに近づけなくちゃ、人類の将来はないんだ、と。
なぜなら、核のゴミの完全な処理方法が確立できていないから。
いや、それどころか、数十年・数百年単位で管理し続ける方法だってまだ見当もつけられてない。

もう、経済がどうとか言ってるレベルじゃない。
このままの状態続けていたら、あとほんの数十年・数百年先の地球の将来がないんだということに気づいてしまいました。

たとえば仮にいま原発を稼働させている国がものすごい貧困国になってしまったとき、国民の生活を犠牲にしてでも核燃料管理のために予算を回そうという選択をできる国がどれだけあるのか?
もし、パンデミックが生じて国民の1/4が失われるような状態になったとき、安全に原発を管理するだけの人員やサプライチェーンは担保されるのか?
しかも世界のどこか1カ所の原発が暴走してしまったとき、その国や隣の国の原発運転に支障はないのか? 暴走は連鎖しないのか?
怖いから誰も想定していないだけで、いま現在も十分に大きなリスクを抱えたままなんですね。

いま福島第1発電所の4号機にある大きなリスクが指摘されています。
万一重大なトラブルがあった場合、福島第1発電所敷地内の1万4千本を超える使用済み核燃料が燃え出すかもしれない。
仮にそうなった場合、北半球全体を人が住めなくするレベルの放射線で汚染すると見積もられているそうです。

ところでそのとき、女川発電所は普通に運転し続けることができるんでしょうか?
柏崎刈羽原発は? 

経済成長がどう言ってる場合じゃなくて、人類の存続をかけて、制御不可能な技術は即刻手じまいしたほうがいい。
でも、現在がなんとなくうまく行きそうだから、という理由でそのままにしておきたくなる。
そもそも手じまいの方法がわからないままに始めてしまった危険なアソビだったわけで。
「そんな大英断、俺らができるわけねえだろ!」
というのが国家リーダーたちの本音なんでしょう。

リーダーに想像力と決断力がない、と嘆くだけでは何も始まらない。
自分たちが、自分たちの手で何をするべきか、なにができるのかを考えなくては何も始まらない。
そういう思いを持った人たちがつながり始めてるのを感じます。

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